進路なう

【進学の熊西】終業式・進路指導主事より【見えないものを見る・聞こえないものを聞く】

3学期終業式に、平井進路指導主事から全校生徒へ「見えないものを見る」「聞こえないものを聞く」ということをテーマにお話がありました。

 

進路指導は「生き方指導」です。今後も有益な講話を行います。

 

また、1、2年生にとっては「春休みは夏休み以上に大切な時期」です。

 

1年生は「勝負の2年生」に、3年生は「受験は団体戦」に向けて良い準備をしましょう。

 

 

【進路指導主事講話】


遠くシベリアのアムール川から1000キロもの旅をしながら、海を大地に模様替えした流氷も、崩れ、太平洋へと流れ去り、『海開け』がオホーツクにやってくる季節になりました。

 

おはようございます。平井です。


この1年間、いや3年間「志」、「勉強の偉大さ」、「学問を耕す」こと、「努力」と「実力」、「人生は微分・積分」「貫く」ということについてお話をしてきました。

 

今日は、あえて「勉強」は苦しいものであるというテーマでお話をします。確かに勉強は苦しいのです。勉強はなぜ苦しいのかわかりますか。

これは、私がいつも3年生の授業で話していることです。20代から勤務した全ての学校で全ての関わる生徒に一貫して言ってきたことです。

 

例を挙げましょう。物心ついた頃から父親とキャッチボールをしていたらいつの間にか野球部で活躍していたという生徒も多いと思います。他のスポーツでもそうでしょう。苦しくても楽しいでしょう。楽しいから、興味があるから続いているのでしょう。上達するのでしょう。上が見えるのでしょう。先が見えるのでしょう。テレビにも登場するのでしょう。大谷翔平さんもそうでしょう。

なぜ「楽しい」のでしょう。それは「見えるから」です。解像度100%だからです。常に見えるものを体験して「触れる」ことができたからです。「見える」と技も盗めます。

昔、インターハイ(島根・千葉・長崎の3回)に行った時、出場生徒が他者や自己の見える化をよくやって競技に臨んでいました。見えると戦術の解像度も上がるのでしょう。

 

逆に皆さんに問いを投げかけてみます。

「勉強」は見えますか?「国語」は見えますか?「数学」は?「理科」は・・・?

学問は見えません。解像度ゼロです。テレビでも学問は見えません。本質が見えません。見ようと凝らす術すらありません。ましてや「学問のベビーフード」は、赤ん坊が離乳食として食べ、肉類、穀類、野菜、果物、無機質などをペースト状、液体状にした物を学問に例えたものですから、ますます見えません。

「見えないもの」を見るのには非常に大きなエネルギーと時間が必要です。見えるために接するための量も必要です。まさに演習量、観察量です。見えないからわからない、わからないから不安になるんです。見る、聞くための材料も揃わないから嫌いになるんです。

声や文字、画像から情報を得て、選択し、知識を繋ぎ、理解し、形にし、解像度を高くするのにどの位、時間と忍耐が必要なのでしょう。「見えないものを見る」「聞こえないものを聞く」ゴールさえ見えません。だから、「勉強」は苦しいのです。忍耐が必要なのです。先の見えないもの、未知なるものも同じです。しかし、見えない、聞こえない恐怖や不快感を乗り越えて「進歩」していきます。それが自身を逞しくしていきます。教科の問題を解く過程もその一貫です。

そうした苦難を乗り越え、何でも見えたり聞こえたりしてくると、わかるようになり、上手くなり、面白くなってきて、一生懸命やろうと思えてきます。そうやって人は「一人前」になっていくのだと思います。「継続は力なり」なのです。

 

つまり「学問」を学ぶとは「人間形成」でもあるのです

 

 

さて、この話のくだりで質問の方向を変えてみます。

 

皆さんは、なぜ「勉強」するのですか。

 

そうです。「見えないものを見る」ためです。「聞こえないものを聞く」ためです。

数字と読書も代表的なものです。人の心も見えませんし、聞こえません。それは「想像力」を鍛えます。そうしたことがわかっている指導者は、苦労を重ねてきたから、きっと教え方も上手いはずです。生徒の見えない心が見えるからです。物事の本質がわかっているからです。


見えたもの、聞こえたものを再合成し、世界、社会に還元して「人類の幸福」のために貢献していきます。

 

如何に貢献していくか。

特に「理系」は世の中の現象の原点を解明しないと、物づくりができません。物づくりは見えない原点を「見える化」していくことに意義があります。あったらいいな、できたらいいなと。それにより観察力が養われ、洞察力も、段取り力も身についていくのです。

国策は理系です。理系の学生が大学院まで進んでいくのは、問いを立てた原点から更に更に解像度を高く極めて見える作品を仕上げたいからなのです。ドバイでは巨大な人工都市が出来上がり、建築は高層ビルと化し、近い未来の超電導リニアは東京と名古屋をわずか40分で(熊谷と大宮の時間)で結びます。理系の専門的な技術の先には、それを利用する「人」がいます。いかに高度な技術を駆使したものであっても、それを使う人への思いやりや配慮、気遣いがなければ受け入れられることはありません。人への優しさが求められます。


もう一度言います。

「勉強」とは「人間形成」に通じます。

 

師匠から弟子へと受け継がれてきたカン(勘・感)やおもてなしの心なども、「目に見えないもの」「聞こえないもの」です。それらも現代の若い世代にどう伝え、受け継いでいくのでしょうか?
師匠が教えてくれなかったとかそんな屁理屈ですぐ離職するといいます。これも「勉強」です。見えないものを見えるように、聞こえないものを聞こえるようにするためには、忍耐と努力こそが貴方自身の勤めとなるのです。


皆さんも、スケールを大きく、「世界の熊西」、「宇宙の熊西」に生き、「勉強」をとおして、是非、「見えないものを見る」「聞こえないものを聞く」ことができるように、人間を鍛えて進歩してください。

そして苦しいことが、発見、愉快なことにつながり、自身の幸福、世界人類の幸福に貢献できるように努めてください。そして、「タフで優しく賢く」なってください。

想像を膨らまし、今はカタチになっていないものを頭の中でカタチにする。そして、頭の中のカタチを現実のカタチにしてみるのです。夢が広がります。

その結果、さらに、感性や情念が育ち、人との違いも生まれ、貴方の個性が際立ってきます。

その個性が生きる術となるのです。

 

もう一度言います。

「勉強」は「人間形成」に通じます。


そう意識して「勉強」を行ってください。

 

「もうだめだ」を「これからだ」
「なりたいな」を「なってやる」
「もういいや」を「まだやるぞ」に。

 

希望を持って頑張ろう。

 

この1年間の学習内容をしっかり復習し、新学期に備える良き春休みを。

そして、始めたことは、やり切る、やり抜くこと。

 

この1年間は「フィジカル パッション 演習量」が体育祭や文化祭のテーマになったり、バッジ化され、販売されたりと流行語となりました。

貴方方の心の中に一生残る言葉となり光栄です。

 


最後に合い言葉です。


「今を精一杯過ごす」

「ベターではいけない。ベストを尽くす。」

「チャンス チャレンジ マジカルチェンジ」

「フィジカル パッション 演習量」   

 

頑張ってください。
期待しています。

 

進路指導主事 平井利久

 

 

 

講話を集中して聞く西高生

 

 

 

 

 

この熊西で学び、タフで優しく賢い生徒に育っていく。

 

そして、また新学期が始まる・・・。

 

 

 

 

 

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